おばあちゃんの形見として残ったのは「文字」が書かれた椅子だった

ここ数年、親族・親戚などの不幸が続き三度も葬儀に参加した。

一年ほど前の話だが、その一人が僕の祖母だった。

物心ついた時には根っからのおばあちゃん子にだった僕。祖父は僕が生まれる前に他界していたため、余計におばあちゃん子だったんだろう。

祖母は亡くなる前の数年間は近所の介護ホームに入っており、週末は僕が子供を連れてお見舞いに行くのが恒例行事となっていた。

体調は徐々に悪化し、いよいよ会話が出来なくなり始めたころ。

「そろそろダメかもな・・・」

そう感じ始めた1週間後、祖母は静かに息を引きとった。

齢は90を過ぎていた。

大往生だ。

 

椅子の物語

数年前、実家の納戸から偶然見つけた某ネズミさんの木製椅子。モザイクをかけているのは察してほしい。

ミッキー 椅子

どうやら僕が子供のころに祖母が買ってくれた椅子らしい。

いつどこで買ってもらったのかも分かららず、この椅子に思い出すらない。

 

 

すでに僕には2人の子供がいるので、生前の祖母に「これは娘用に使わせてもらうね」と一言伝え、我が家では娘用の椅子として使っていた。お絵描きや公文の宿題をやるのに活躍している。

30年以上経つ椅子だが、まったくガタつくことない頑丈な作り。

木製椅子_経年変化

一枚木ではない合板のため、若干傷みはあるが使うには全然問題がない立派な椅子。

椅子_合板

僕が使った椅子を子供たちがまた使っているのはなんだか嬉しい。

 

そんな最中の祖母の他界。

この椅子が僕にとって祖母の形見となりました。

 

椅子に書かれた祖母の文字

○○君へ ばちやんより 56/10

昭和56年の10月におばあちゃんが買ってくれたようだ。僕は当時一歳ということが分かった。

今の時代、子や孫に買ったプレゼントにマジックで「○○へ ○○より」なんて書く人は少ない。

使わなくなったモノをメルカリなどで売る人も多いだろうし、実際、子供用品はオークションサイトに溢れている。

 

昭和スタイルでオールドスクールな祖母が残したこの「文字」が私にとっての形見となりました。

 

この椅子に書かれた祖母の文字を見ていると、僕にプレゼントしようとメッセージを書いている祖母の笑顔が浮かぶ。

どんな気持ちで僕にプレゼントしてくれたのだろうか。

祖母のことをよく理解している僕でさえ分からない。

 

「文字」がモノに命を残した

この祖母のメッセージが無ければ、納戸で見つけたこの椅子は処分していたハズだ。

たった1つ「文字が書いてある」というだけで決して捨てることが出来ない大切な椅子になった。

 

時は飽食の時代。

何でもAmazonで買ってしまう僕だが、大切なものをどう残すのかと考えるきっかけにもなった。

 

親として子供に ″モノの大切さ″ を教えてあげられる機会を祖母が残してくれた。

ありがとう、おばぁちゃん。

先日Amazonと楽天で5万円ほど散財したよ。

ごめんね、おばぁちゃん。

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